趣味愉楽 詩酒音楽

人文系の書籍やクラシック音楽にまつわるエッセイ集

読書録:中原中也 沈黙の音楽

創作プロセスの解明や同時代人の証言から再構成される、新しい中原中也像。中原中也 沈黙の音楽 (岩波新書)作者:佐々木 幹郎岩波書店Amazon 親交のあった作家や出版関係者の証言に共通するのは、やはり中也は奇人、ということのようだ。 作品を読めば、薄々…

BACHフランス組曲の魅力

どのナンバーも魅力的だが、最もフランス風なのは、第四番変ホ長調だろうか。French Suitesアーティスト:Bach, Johann Sebastian,Christophe RossetAmbroisieAmazon バッハの三大組曲といえば、豪華でエネルギッシュなイギリス組曲、壮大な規模感で舞曲全種…

ルイ=クープラン:組曲ニ長調

70歳を超えたレオンハルト、晩年の境地。Frescobaldi & CouperinAlpha ClassicsAmazon 17世紀以降の鍵盤音楽に多大なる影響を与えたフレスコバルディとルイ=クープランの傑作集である。 なかでもクープランのニ長調組曲は、レオンハルト独自の調律も相まっ…

読書録:美学への手引き

西洋美学史の流れを理解するのに打ってつけの一冊である。美学への手引き (文庫クセジュ)作者:カロル・タロン=ユゴン白水社Amazon プラトンアリストテレスから20世紀の最先端の議論まで、まんべんなく、全体像を描き切る良書である。 プラトンとアリストテレ…

読書録:カントの生涯と学説(第六章)

エルンスト=カッシーラーの『カントの生涯と学説』(1918年初版)は500ページ近くの大作であり、カッシーラーの代表的な著作の一つに数えられる。カントの生涯と学説【新装版】作者:エルンスト・カッシーラーみすず書房Amazon 美の判定の分析のための準備 …

読書録:近代美学入門

もっと早くこんな本に出会えていれば、というのが第一印象である。近代美学入門 (ちくま新書)作者:井奥陽子筑摩書房Amazon 芸術、芸術家、美、崇高といった近代美学の主要テーマが平易な言葉で簡潔にまとめられている。 諸概念の変遷から現代的意味まで、ま…

マタイによる福音書5章8節『心の清い人々』

心の貧しい人々は、から始まる「山上の説教」はとても有名だが、その冒頭部分の一節に次のようにある。 心の清い人々は、幸いである その人たちは、神を見る。 よく生きようとするなかで、有用性や有益性に回収されない何かに、人は出会う。 それは、善い行…

ヘッセの詩より『炎』

誰しも、心ざわつく日々がある。 そんな時、ヘルマン=ヘッセの詩は、よき理解者であり、道しるべである。 『炎』と題された短い詩は、私たちに優しく前向きに語りかけてくる。 おまえがつまらぬものの間を踊って行こうと、 おまえの心が憂いに苦しみ傷つこ…

読書録:バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア

一つの音楽作品を通じて、作曲家や音楽史、ジャンルや作曲技法を多角的に論ずる、音楽エッセイのお手本のような良書。バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア 理想の教室作者:小沼純一みすず書房Amazon これはバッハというよりゴルトベルク変奏曲…

読書録:ドイツ人のこころ

日本人のこころのふるさとは、何だろうか。 それは私が思うには、映画『男はつらいよ』であり、あるいは、じっとり雨降る、夏の宵、水田にこだまする蛙声。ドイツ人のこころ (岩波新書)作者:高橋 義人岩波書店Amazon 著者は、日本文化の根底にあるものとして…

中也の色彩-小川が青く光つてゐるのは

詩人・中原中也の色彩感覚に関して、極めて印象深い詩を、1933年から1936年にかけての未発表ないし草稿詩篇から二つご紹介。 朝 かがやかしい朝よ、 紫の、物々の影よ、 つめたい、朝の空気よ、 灰色の、甍よ、 水色の、空よ、 風よ! なにか思い出せない・…

ヨハネによる福音書16章22節『再会の予告』

ヨハネによる福音書の16章22節は、再会を予告する。 新共同訳では次のとおり。 ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。 なお、…

ヤナーチェク:ヴァイオリン・ソナタ

チェコ東部、モラヴィア地方の作曲家ヤナーチェクが唯一完成させたヴァイオリン・ソナタ。ヤナーチェク : ヴァイオリン・ソナタ 他 (Prokofiev , Smetana , Janacek : Violin Sonatas , etc. / Josef Spacek (violin) , Miroslav Sekera (piano)) [輸入盤]ア…

読書録:ふしぎなキリスト教

宗教社会学の立場から見るキリスト教入門である。ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)作者:橋爪大三郎,大澤真幸講談社Amazon 日本はもとより世界的に見ても、多神教(八百万の神々)こそ、この地球上で最も由緒ある、スタンダードな宗教類型である。 にもか…

読書録:アウグスティヌス 「心」の哲学者

教父アウグスティヌス(354-430)の生涯と思索を生き生きと伝える良書である。アウグスティヌス――「心」の哲学者 (岩波新書)作者:出村 和彦岩波書店Amazon キリスト教に目覚め、回心するまでのアウグスティヌスの内面や私生活は、非常にドラマティックである…

読書録:聖書の読み方

正典として読むにせよ、西洋古典文学として読むにせよ、およそ聖書を読むにあたっては適切な導きが必要である。聖書の読み方 (岩波新書)作者:大貫 隆岩波書店Amazon 著者は、キリスト教における共通了解である「使徒信条(信仰宣言)」を聖書読解の導きとす…

読書録:はじめてのスピノザ 自由へのエチカ

画期的なスピノザ入門書である。 論点はいくつもあるが、ここではスピノザの一元論に的を絞って見ていきたい。はじめてのスピノザ 自由へのエチカ (講談社現代新書)作者:國分功一郎講談社Amazon 筆者はスピノザ哲学を次のように要約する。 神は絶対的な存在…

フランスのガルニエ・オルガンで聞くバッハ

フランス東部ブルゴーニュ地方、ドイツとスイスの国境にほど近いベルフォールの町にはマルク=ガルニエが1984年に製作したオルガンがある。Joy of Bach ~ J. S. バッハ : オルガン作品集 / 中田恵子 (Keiko Nakata) [CD] [Import] [日本語帯・解説付]アーテ…

バッハ:ヨハネ受難曲(バッハ・コレギウム・ジャパンとコレギウム・ヴォカーレ)

2021年のイースターは4月4日である。 ここに甲乙つけがたい二つのヨハネ受難曲の演奏がある。奏者はいずれも、いわゆる老舗の古楽集団だが、方向性はかなり異なる。J.S.バッハ : 《ヨハネ受難曲》 BWV245 (1739 / 49版) / バッハ・コレギウム・ジャパン、鈴…

読書録:弁論術(アリストテレス)

ひとはよいものに惹かれる。ひとはよいものを求める。よいものとは何か。 アリストテレスは『弁論術』第1巻の第6章において、疑いようもなくよいものを10点列挙している。 幸福 精神の徳(正義、勇気、節制、寛大、鷹揚) 身体の徳(健康、美しさ) 富(所…

読書録:三つの内なる貧しさ(エックハルト)後編

前編においてすでにエックハルトの説話は完結しているようにみえるが、続きがある。 bachundbruckner.hatenablog.com 以下、ひとつひとつが少し長くなるが、いずれも極めて重要な、ひと続きの意味を形成する箇所であるので抜粋しつつも断片的にならぬよう引…

読書録:三つの内なる貧しさ(エックハルト)前編

中世の神学者でありドイツ神秘主義の源流とも目されるエックハルト(1260-1328?)の有名な説話《三つの内なる貧しさ》をみていきたい。テーマはこの聖句である。 "Beati pauperes spiritu, quoniam ipsorum est regnum caelorum."(羅) + + + "Happy are th…

読書録:貧しさ(ハイデガー)

1945年6月27日、ハイデガーは《貧しさ》と題された短い講演を行った。この講演への導きとなるのは、ドイツロマン主義の詩人ヘルダーリンの次の言葉である。 我々においては、すべてが精神的なものに集中する。 我々は豊かにならんがために貧しくなった。 ハ…

読書録:ハイデガーの超政治 ナチズムとの対決/存在・技術・国家への問い

難解と言われるハイデガーをどのように読むべきか。その指針となる極めて重要な著作である。ハイデガーの超-政治――ナチズムとの対決/存在・技術・国家への問い作者:轟 孝夫発売日: 2020/02/28メディア: 単行本 本書のテーマは、ハイデガーの提起する「存在の…

読書録:知覚の哲学(メルロ=ポンティ)

メルロ=ポンティのラジオ講演(1948)を全7章にまとめ上げた一冊。第6章は「藝術と知覚的世界」と名付けられ、メルロ=ポンティの芸術論の核心が簡潔に述べられている。知覚の哲学: ラジオ講演1948年 (ちくま学芸文庫)作者:モーリス メルロ=ポンティ発…

読書録:国立西洋美術館 名画の見かた

東京上野の国立西洋美術館へ行ったことがある人にも、行ったことがない人にも、おすすめの一冊。国立西洋美術館 名画の見かた作者:渡辺 晋輔,陳岡 めぐみ発売日: 2020/01/24メディア: 単行本 西洋画の解説本だが、まるで常設展の学芸員ツアーに参加している…

読書録:カントの批判哲学

ドゥルーズによるカントの批判哲学の読み直し。翻訳と解説は國分功一郎である。違和感のない日本語訳、そして非常にわかりやすく有用な解説が読者の理解を大いに助ける。カントの批判哲学 (ちくま学芸文庫)作者:ジル ドゥルーズ発売日: 2008/01/09メディア: …

読書録:自由の哲学者カント カント哲学入門「連続講義」

自由という視点からみるカント入門書である。自由の哲学者カント~カント哲学入門「連続講義」~作者:中山 元発売日: 2014/04/18メディア: Kindle版 カントの批判哲学を中心に、宗教哲学や政治哲学も含めて、カントのエッセンスが平易な言葉で次々に明らかに…

構想力とはなにか

カントのいう構想力について詳しくみていきたい。縮刷版 カント事典発売日: 2014/05/29メディア: 単行本 想像力ないし構想力[Einbildungskraft]について、2014年に弘文堂より刊行された『カント事典』によれば次のとおりである。 構想力はカントによれば、「…

読書録:判断と崇高 カント美学のポリティクス

132ページのこの箇所を読んで初めて、カントの崇高論の奥深さに気づいた。判断と崇高―カント美学のポリティクス (新潟大学人文学部研究叢書 (5))作者:宮崎 裕助メディア: 単行本 美と崇高の違いについて述べた『判断力批判』の一節に戻ろう。「自然の美しい…