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人文系の書籍やクラシック音楽にまつわるエッセイ集

そのコンマ1秒のために

 今日で大阪の夏の選抜高校野球もひと段落するようで非常にありがたい。
 舞洲スポーツアイランドには野球場(本日がセンバツの決勝とのこと)のほかにもスポーツカートのサーキットがあり、もちろん僕は後者が目的で訪れるのだけれど、先日は大阪桐蔭履正社の試合の日に舞洲へ向かったものだから、すさまじい渋滞で思わず天を仰いだのは言うまでもない。

 それにしても、まさか自分がモータースポーツをやるなんて想像もしていなかった。
 ものごころつく前から親の影響でF1を見ていたり(当時はセナ・プロ黄金時代!)、テレビゲームといえばレーシングゲームだったりと幼少期のころからある意味で英才教育(?)だったわけであるが、社会人になってから、本当にモータースポーツのファンになったと言えるだろう。
 鈴鹿サーキットでレース観戦したり、お台場のモーターフェスティバルに行ったり、往年のF1に関する書籍を買いそろえたり。そんななか、自分もヘルメットかぶって手袋つけてステアリングを握りたいと思うようになり、舞洲のインフィニティサーキットに通うようになった。レンタルのスポーツカート場である。

 フェイスマスクをつけヘルメットをかぶってバイザーを下ろしてしまうと、世界は一変する。視覚や聴覚や嗅覚が著しく制限され、そのぶん意識は呼吸に向かう。自分の呼吸音がいやでも耳につく。
 サーキットに出てしまえば、孤独なものだ。自分以外はみなライバルという単純な話ではない。コース上で頼りになるのはただ自分ひとり。スピンしようがバリアにぶつかろうが、すべては自分のコントロールの結果なのだから。そしてなにより、ファステストを出した1周前の自分自身が、実は最大のライバルになる。
 感覚は研ぎ澄まされ、触覚はステアリングを超えてタイヤとアスファルトの摩擦面にまで引き伸ばされる。加速減速の前後Gに加えてコーナーでの左右Gが身体に負荷をかける。心拍数も上がり、呼吸も少し乱れてくる。
 それでも、コンマ数秒でいい。ファステストラップが刻めれば、わざわざ電車とバスを乗り継いでアクセス最悪の舞洲まで来たかいがあるというものだ。こうして一人の立派なアマチュアレーサーが誕生するのである。