趣味愉楽 詩酒音楽

人文系の書籍やクラシック音楽にまつわるエッセイ集

絶対音楽の思想史

 19世紀のドイツ音楽史の理解に非常に役立つ一冊。

 以下、特に興味深かった点を列挙する。

  • 教養市民層の拡大による全ドイツ的な音楽史叙述の広まり(18世紀以降)
  • 18世紀中葉を過ぎるころまでのドイツ音楽史の叙述においては、ドイツの特長は混合趣味:すなわちイタリア音楽とフランス音楽のいいとこどり*1
  • 旋律[声楽]の国であるイタリア・フランスに対し、職人的な和声技法[器楽]の国としてのドイツ音楽史叙述の定式化(18世紀末~19世紀前半)*2
  • 19世紀後半になると、うわべの旋律美に傾斜するイタリア・オペラを批判することを出発点とするハンスリック形式主義の思想が登場し、和声と楽曲構成の精緻さを重視し動機を職人的に発展展開させるドイツ音楽という理念が打ちだされる(ベートーヴェンVSロッシーニ論争の延長線上)

 著者である吉田寛さんの目的は、音楽を通じてのドイツのナショナル・アイデンティティのねじれを、多くの外国語の一次文献を通じて実証的に横断的に明らかにしていくことにある。しかし本書はそれにとどまることなく、19世紀のドイツ音楽界の理解を深めてくれる良書でもある。

*1:1735年にバッハが『クラヴィーア練習曲集第2巻』として『イタリア協奏曲』と『フランス風序曲』を同時出版したことは象徴的である。

*2:これについては革命に湧くフランスへの冷ややかな評価が影響しているとも。

*3:ハプスブルク帝国あるいはウィーンの宮廷におけるイタリア志向=南方志向は根強かった。

*4:この時代になってくるとドイツ統一の機運も高まってきており、文化的宗教的にもドイツ南北の差異は際立って指摘されるようになってきていた。

*5:1881年という年は、ブルックナー交響曲(第4番)がウィーンで初めて、多くの聴衆に理解された年でもある。(それまでほとんど評価されてきていなかったわけであるからこれは裏を返せばブルックナー交響曲ワーグナー風にしか理解され得なかったということでもある。)