趣味愉楽 詩酒音楽

人文系の書籍やクラシック音楽にまつわるエッセイ集

中也と海

 中原中也の詩にはしばしば「海」が登場する。
 詩人晩年の ―とはいえ享年三十だが― 草稿詩篇の1つはこう語る。

お天気の日の海の沖では
子供が大勢遊んでゐます
お天気の日の海をみてると
女が恋しくなって来ます


女が恋しくなるともう浜辺に立つてはゐられません
女が恋しくなると人は日蔭に帰つて来ます
日蔭に帰つて来ると案外又つまらないものです
それで人はまた浜辺に出て行きます


それなのに人は大部分日蔭に暮します
何かしようと毎日々々
人は希望や企画に燃えます


さうして働いた幾年かの後に、
人は死んでゆくんですけれど、
死ぬ時思ひ出すことは、多分はお天気の日の海のことです

 1934年11月29日のものである。中也が二十七歳のころ、ちょうど同じ年の10月に長男誕生を受けての作である。
 二十七でこの境地に至るものかと。
 そんな私も今年ちょうど二十七なのでありました。

中原中也全詩集 (角川ソフィア文庫 360)

中原中也全詩集 (角川ソフィア文庫 360)