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6つのパルティータ ― バッハ風のリスペクト

 彼の演奏する≪パルティータ≫はどうしても聞きたかった。ようやくCDを手に入れることができた。

バッハ:パルティータ(全曲)

バッハ:パルティータ(全曲)

 バッハはこの6つのパルティータ*1*2の調性をそれぞれ次のように設定している。

第1番 変ロ長調 [B](♭♭)
第2番 ハ短調  [c](♭♭♭)
第3番 イ短調  [a]( - )
第4番 ニ長調  [D](♯♯)
第5番 ト長調  [G](♯)
第6番 ホ短調  [e](♯)

 一見するとランダムな調性の羅列だが、Bから2度上でC、Cから3度下でA、Aから4度上でD、Dから5度下でG、Gから6度上でE、*3というわけである。*4

 しかしなぜ変ロ長調[B]から始めたのか?
 それはバッハの仕事上*5の前任者そしてドイツ音楽界の重鎮ヨハン・クーナウの≪新クラヴィーア練習曲集*6の跡を継いだからなのである。
 クーナウの曲集は第1巻・第2巻ともに7つのパルティータで構成されており、その調性はC→D→E→F→G→A→なのである。*7
 (以上CDブックレットより)

 鈴木雅明さんのオルガン・チェンバロの演奏は心から敬愛してやまない。
 テンポやリズム感、その語り口、胸のすくような気持ちがして爽快であり、知的であり、情熱的である。バッハへの敬愛に満ち、ここまで生き生きとした演奏を他に知らない。
 とりわけ第4番ニ長調パルティータの第1曲「序曲」が一番のお気に入りである。音楽の喜び、本当の自由がある。

*1:パルティータとは「複数の種別の舞曲に基づいた、組曲形式の楽曲」である。

*2:バッハの組曲は往々にして「6つセット」である。これは6という数字が完全数であるからともいわれている。

*3:6度上に到達したところが最後のホ短調第6番とみることもできる。

*4:前半3つはフラット系で後半4つはシャープ系の調性構造とみることもできる。

*5:ライプツィヒの聖トーマス教会カントル(≒ライプツィヒ音楽監督)

*6:第1巻は1689年出版、第2巻は1692年出版である。

*7:クーナウの死によるトーマス・カントルの空席を受けて、バッハは現在のドイツ東部ザクセン州のケーテン侯国から同じく現在のザクセン州ライプツィヒへと移り住んだ。バッハはこのライプツィヒの時代に200を超えるカンタータ、そして≪インヴェンション≫≪平均律クラヴィーア曲集≫≪ゴルドベルク変奏曲≫といった円熟の作品群を遺すこととなる。