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人文系の書籍やクラシック音楽にまつわるエッセイ集

イザベル=ファウストによる21世紀のバッハ演奏 最前線

 イザベル=ファウストが(いわゆる)古楽奏法的アプローチを全面的に取りいれ世に送りだした逸品である。彼女特有の美音はそのままに、歌い、語る音楽である。不自然に聞こえるところは1つもない。しかし、それだけではない。

 バッハがこのソナタ*1に求めたチェンバロ通奏低音としてのそれではなく、オブリガートとして、ソロヴァイオリンと対等にわたりあうチェンバロである。おそらくファウストはそのことを他の誰よりも十分に理解した上でこの録音に臨んでいた(はずである)。
 ヴァイオリンが常に音楽を主導するというのではなく、ヴァイオリンとチェンバロがお互いに寄り添いながら音楽が展開していく。ヴァイオリンとチェンバロの語らいは実に濃密であり、名手同士の絶妙の掛け合いは余すところなく繰り広げられている。単なるヴァイオリンソナタではなく、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ、2名のソロ奏者のためのソナタであるということを改めて訴えかける演奏がそこにはある。音量バランスも巧妙に調整されており、各声部は明瞭に聞きとれる。
 ピリオド奏法か、それともモダン奏法か。ファウストはこの録音を通じて、そのような問いがいかに不毛であるかを如実に示しているように思えてならない。

*1:"6 Sonaten fü̈r Violine und Cembalo"