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und es sahe der achtsame Mann das Angesicht des Gottes genau...

転回の季節

 なにもかもがまとわりついてくる都会を離れ、歩みは森深い山々のほうへと向かう。

 シュヴァルツヴァルト南部の、或る広い渓谷の急斜面、その1150メートルの高みに、小さなスキーヒュッテが建っている。見取図によればそのヒュッテは、六メートルに七メートルの大きさである。低い屋根は、三つの空間を蔽っている。すなわち、居間兼用の台所、寝室そして小さな仕事部屋。狭い渓谷の底に点在して、同じように急な向う側の斜面に大きく屋根の張り出した農家が広々と横たわっている。高く聳え立ち、うっそうと繁る年を経た樅の木のある森に至るまで斜面の下から高原の草地や牧場が続いている。それらすべての上に、大きな輪を描いて二羽の鷹が捩るように昇って行く、輝きに満ちた空間、清澄な夏の蒼空がある。

 ハイデガーが1934年にフライブルク大学総長を辞任してまもなくのラジオ講演『なぜわれらは田舎に留まるか?』はこのようにして始まる。ちょうどこの時期あたりから、ヘルダーリンを中心とする新たな思索の道が整えられてゆく。

 私は、人智の及びがたい季節の盛衰のなかで、その風景の毎時間ごと、日ごと夜ごとの変化を経験する。山々の重みとその原生岩石の堅さ、樅の木の悠然とした成育、花咲く草地の光輝く素朴な景観、長い秋の夜の谷川のさざめき、深く雪に蔽われた平面の厳しい単一性、これらすべてが、自らを押し出し、突き進み、あの上の方の日常的現存を突き抜けて、鳴り響いてくるのだ。そしてしかも、これはゆっくり味わう者の沈潜やわざとらしい感情移入といった意志された瞬間にではなく、ただ固有の現存が自己の仕事のうちにある時にのみ存在する。その時はじめて、仕事はこうした山岳の現実に対して固有の空間を開く。仕事をする道筋は、風景の生起のなかに沈んでいるのである。

(下線・太字は筆者による)

 私たちなしで、あるがままにそれはある。私たちを拒むように強烈にそれはある。賜物として与えられた言葉で私たちはそのことを証しする。

30年代の危機と哲学 (平凡社ライブラリー)

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