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人文系の書籍やクラシック音楽にまつわるエッセイ集

BACHオルガン小曲集Orgelbüchlein

 鈴木雅明がドイツ中部のゴスラーはグラウホーフの聖ゲオルク修道院教会のトロイトマン=オルガンで歌い上げる『オルガン小曲集』、ついに完結。

 北ドイツのシュニットガーとも、ドイツ中部のジルバーマンとも、まったく異なる響き。
 トッカータやプレリュードといった華麗なイタリア系の鍵盤音楽向きというよりも、しっとりと、あるいはどっしりとコラールを歌うのに向いているかと思われるような、繊細な響き。
 書道の世界でいうところの独特の「かすれ」のような、ユニークなサウンドを持つドイツオルガン奥の院、トロイトマン=オルガン。

 鈴木雅明の演奏は、今まで聞き逃して(聞き流して)いた小品を、実に鮮やかに、じっくりと聞かせてくれる。
 バッハの平均律一巻の全24曲に対して、このオルガン小曲集は全45曲。
 いずれもミクロコスモス、循環する小宇宙である。
 

読書録:中原中也 沈黙の音楽

 創作プロセスの解明や同時代人の証言から再構成される、新しい中原中也像。

 親交のあった作家や出版関係者の証言に共通するのは、やはり中也は奇人、ということのようだ。
 作品を読めば、薄々、だれもが気づくことではあるが、どうやら間違いなく、中原中也というのは相当の変人だったことがうかがい知れる。
 しかしそれは享年三十の人間なら、ましてや文筆だけで身を立てようとした人間ならばなおさら、誰しもそう記憶されてはいやしないだろうか。

 本書には、もちろんあの有名な作品の鑑賞も織り込まれてはいるが、それはあくまで読者サービスであって、むしろ著者厳選の作品が新資料とともにアカデミックに分析されていくのがユニークである。
 中原中也の創作の過程、修正のプロセスは、それは副題のとおり、声や歌など聴覚的なものへの類まれなる感性の豊穣の産物であるが、極めて興味深い。

 けれど何より、山口への帰郷の前に、小林秀雄に清書原稿(『在りし日の歌』)を託す中也と、すべてを理解しそれを受け取る小林を、悲痛なタッチで回想する中村光夫の文章は、あまりに印象的に過ぎた。
 中原中也、死のひと月前のことであった。

BACHフランス組曲の魅力

 どのナンバーも魅力的だが、最もフランス風なのは、第四番変ホ長調だろうか。

 バッハの三大組曲といえば、豪華でエネルギッシュなイギリス組曲、壮大な規模感で舞曲全種盛りのパルティータ、そして秘蔵のフランス組曲

 インヴェンションや平均律とともに、舞曲様式の修得を目的に、子弟のために個人的に(家庭的に)編まれた英仏組曲は、それぞれ実に対照的である。
 イギリス組曲が、構成面では保守的でありながら和声的には前衛的であったりと、かなりエッジのきいた作品(30歳前後から書き始められた可能性が高い)であるのに対し、フランス組曲(おおむね40歳前後か)は、端的に典雅である。気品に富み、実に温和で、それでいて間延びすることはなく、舞曲の魅力がコンパクトに凝縮されている。学習者にとっても、鑑賞者にとっても、そして後代のピアノ奏者にとっても、音楽の喜びと楽しさをこのうえなく実感させてくれる、バッハ鍵盤音楽の白眉である。

ルイ=クープラン:組曲ニ長調

 70歳を超えたレオンハルト、晩年の境地。

 17世紀以降の鍵盤音楽に多大なる影響を与えたフレスコバルディルイ=クープランの傑作集である。
 なかでもクープランニ長調組曲は、レオンハルト独自の調律も相まって、このうえなく響き、余韻する。

 いわゆるバッハ以前の音楽が広く演奏されるようになった昨今でも、1700年よりも古い時代の音楽が音楽史的ないしある種の博物学的な興味関心以外で聞かれることは、そう多くはない。
 レオンハルトの音楽は、されど、決してそのような類のものではない。
 17世紀の音楽がいかに雄弁で、ファンタジーに満ちあふれ、想像力を刺激するか。
 ブルボン王朝と三十年戦争と魔女と科学の時代に、音楽は、ひょっとすると現代よりもはるかに魅惑の存在であったのだ。

読書録:美学への手引き

 西洋美学史の流れを理解するのに打ってつけの一冊である。

 プラトンアリストテレスから20世紀の最先端の議論まで、まんべんなく、全体像を描き切る良書である。
 プラトンアリストテレス、そして新プラトン主義については、その後の展開の基礎となるため比較的手厚い解説であるが、その後の中世ルネサンス近代そして20世紀についてはテンポよく議論の大枠が示されるにとどまり、西洋美学史の全体的な方向性が一読して理解できる記述になっている。
 これ一冊で入門できるかどうかというより、いま興味のある議論が西洋美学史のどこに位置付けられているのかを把握するのに最適な一冊と思われる。各論や各時代の美学史にすでに興味がある人に向けて、体系的に西洋美学史を学ぶための格好の手引書である。これを読んでから、基本書にとりかかればその後の理解はまるで違ってくるはすである。