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人文系の書籍やクラシック音楽にまつわるエッセイ集

読書録:中原中也 沈黙の音楽

 創作プロセスの解明や同時代人の証言から再構成される、新しい中原中也像。

 親交のあった作家や出版関係者の証言に共通するのは、やはり中也は奇人、ということのようだ。
 作品を読めば、薄々、だれもが気づくことではあるが、どうやら間違いなく、中原中也というのは相当の変人だったことがうかがい知れる。
 しかしそれは享年三十の人間なら、ましてや文筆だけで身を立てようとした人間ならばなおさら、誰しもそう記憶されてはいやしないだろうか。

 本書には、もちろんあの有名な作品の鑑賞も織り込まれてはいるが、それはあくまで読者サービスであって、むしろ著者厳選の作品が新資料とともにアカデミックに分析されていくのがユニークである。
 中原中也の創作の過程、修正のプロセスは、それは副題のとおり、声や歌など聴覚的なものへの類まれなる感性の豊穣の産物であるが、極めて興味深い。

 けれど何より、山口への帰郷の前に、小林秀雄に清書原稿(『在りし日の歌』)を託す中也と、すべてを理解しそれを受け取る小林を、悲痛なタッチで回想する中村光夫の文章は、あまりに印象的に過ぎた。
 中原中也、死のひと月前のことであった。