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und es sahe der achtsame Mann das Angesicht des Gottes genau...

シェリング:芸術の哲学

 ロータル=クナッツはシェリングの『芸術哲学』を次のとおり概観する。(第6章 第3節より)

(1)芸術の哲学について

 芸術哲学は「芸術という形式ないしポテンツにおける万象の学問」あるいは「芸術という形式における絶対的世界の呈示」であって、世界のうちの芸術という特殊領域を構成することではない。絶対者の統一性は、それが分割不可能であるかぎり呈示不可能であろうから、この統一性が呈示可能になるためには諸物の差異性が必要である。「分割されざる全体がさまざまな規定のものに置かれた」ものが「ポテンツ」である。いかなる個々のポテンツも特殊な仕方で全体の統一性を表しているが、すべてのポテンツの調和がはじめて絶対的全体性へと再び送り返すのである。


(2)哲学と芸術

 哲学は絶対者を原像(Urbild)において捉えるが、芸術はそれを「対像」(Gegenbild)において呈示する。原像の同一性は絶対者においてのみ支配的であるのに対して、対像の特徴は無差別性にある。精神の構成であるかぎり対像にも自由と自律は帰属する。


(3)哲学としての芸術

 芸術哲学の哲学的構成の出発点はもはや対立する対等な諸原理をともなった超越論的自我ではなく、絶対的な統一性にして全体性としての神である。(・・・)芸術哲学も、実在(客観性、芸術)と観念(主観性、哲学)という分離された原理を哲学的構成において再統一するという課題を持っている。


(4)美的直観の特殊性

 永遠なものは芸術作品においてのみ感性的に経験可能な対象性を持つものとして呈示されるのであって、それゆえ単に知的に直観されるだけでなく客観的にも直観され得る(・・・)。


(5)哲学の対象としての芸術形式

 『芸術哲学』の体系的前提は、美的な造形においては理念の持つ普遍的なものが現れるということであるが、それにとどまらず各時代の様式の具体的で歴史的な形式もまた絶対的必然性の刻印を帯びている。さまざまな芸術形式が哲学的知の対象たりうるのは、それが普遍的理念の表現(Repräsentationen)であるかぎりにおいてである。(・・・)特殊な芸術形式に不可欠なものは「芸術の素材の構成」である。芸術作品の特殊な形式は、諸物自体が空間的時間的に具体化される際の形式に対応しなければならない。特定の形式をとった現れ方をすると同時に普遍的でもあるような特殊とは理念である。


(6)理念としての「神話」

 実在的に見るとこの理念世界は古代の神々の神話に現れている。これら神話の神々のどれも神として無限で絶対的であるが、同時に特殊な神としてこの現象形式のうちに限定されている。「特殊における絶対者の呈示としての全芸術の本質とは、一方で純粋な限定であり、他方では分割されざる絶対性である」。限定は呈示可能性の必然的な条件であり、総体としての「ギリシア神話は詩的世界の至高の原像である」。「神話は全芸術の必然的条件であり第一の素材である」。(・・・)『芸術哲学』においても、絶対者と諸ポテンツの実在的形態との間の最も重要な中間項神話なのである。


(7)神話と芸術の関係

 この神々の世界を美的なものへ取り入れることの特徴は、理性がするように神々の世界を理念的な呈示によって原像として把握するのではなく、想像力(Phantasie)を媒介として対像として呈示することにあり、「したがって想像力は芸術における知的直観である」。芸術作品におけるこのような呈示が美しいのは、絶対者が神性の像のうちに実在的なものとして直観されうる場合である。


(8)図式とアレゴリーと象徴

 理想的な芸術作品における素材の呈示は、図式(特殊が普遍によって直観される)とアレゴリー(普遍が特殊によって直観される)の総合としてつねに象徴的形式を取る(普遍と特殊とが一つである)。三つの呈示形式が一般的なカテゴリーとして理解されると、同一哲学体系における芸術の地位もまたはっきりする。それによれば、芸術(象徴的)は思考(図式的)と行為(アレゴリー的)の総合である。(・・・)神話的な神性の普遍的理念を芸術作品の特殊な形式で呈示することの可能性は、神話的な素材と芸術的な形式の総合に存する。このような総合を形成するのは「魂そのものと一つであり魂と結びついている神の内なる人間の理念」である。人間に内在するこの神的なものが天才であり、これは実在と観念とのーーすなわち造形芸術と言語芸術(文学)、美と崇高、様式と手法、素朴と情感とのーー無差別的な統一である。

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神話を思索することについて

 ジークバート=ベーツによれば、シェリングの「神話の哲学」の根本的な特徴、すなわち真理と言語に対する神話の関係は次のとおりである。

1 神話はオートポイエーシス(autopoietisch)である。神話は理念的に神を捏造したものの、それゆえ詩的主観性の産物ではなく、オートポイエーシス的な客観性が完成させたものである。神話は作られるのではなく自分自身を産み出し、自分自身の原因(causa sui)であり、それゆえ有機的な構造をなす。
2 神話は真理である。神話は有機的に編み出され、それゆえ自分自身の原因だから、完全に自己自身と一致している。
3 神話は自意的(tautegorisch, シェリングがコールリッジから借用した表現)である。神話の真理は――寓意のように――神話の外部に存在するのではなく、神話自身のなかにあるのだから、神話が意味するのは神話以外の何物でもない、すなわち自分自身である。
(第8章 第3節より)

 後期のシェリングは一なるものの思索の道を歩む。ハイデガーらへの影響は多大である。

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バッハ:ライプツィヒ・コラール集

 バッハの晩年のオルガン・コラール集である。

Leipzig Chorales

Leipzig Chorales

 バッハのトッカータやプレリュードあるいはフーガ等は、もちろんオルガン音楽の1つの頂点だが、熟練の技によって精緻に編みあげられたオルガン・コラールもまた格別である。曇りなく、よどみなく、悠々として静かにオルガンは歌う。

ブルックナー:ピアノ作品集

 ブルックナーのピアノピース(と第7交響曲アダージョの独奏ピアノVer.)がおさめられている。

ブルックナー・ピアノ独奏曲全集

ブルックナー・ピアノ独奏曲全集

 《Erinnerung 思い出》などにおいては大胆な和声法が聞けるが、その他はおおむね当世風のピアノ小品が並ぶ。
 後世、何者かによって二手ピアノ用に編曲されたとおぼしき第7交響曲アダージョは、独奏ピアノにおいても実に雄弁である。
 マニア向けとはいえ、ピアノで聞くブルックナーはもっと知られてもいい。
 

バッハ:無伴奏チェロ組曲

 古い録音だがまったく色あせない。

バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)

バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)

 チェンバロ・オルガンにレオンハルトがいれば、チェロにはビルスマがいる。
 古楽演奏の黎明期においてすでに堂々たる構え。音楽は無理なく自然に、悠々と流れる。