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人文系の書籍やクラシック音楽にまつわるエッセイ集

パウル・ベッカーのブルックナー論(前)

 パウル・ベッカー(1882~1937)は『ベートーヴェン』や『西洋音楽史』等の著作で知られるドイツの音楽評論家である。

オーケストラの音楽史: 大作曲家が追い求めた理想の音楽

オーケストラの音楽史: 大作曲家が追い求めた理想の音楽

 この著作にはブルックナーを評した箇所がある。ベッカーがこれを書いたのが1936年のニューヨーク*1であることから、ブルックナー交響曲をいわゆる原典版(ハース版)*2で聞くことができたのは最大でも「第1番」「第5番」「第6番」「第9番」であると推測される。*3


1.ブラームスとの比較

 ベッカーはブラームスとの比較を通じて次のように述べる。

ブラームスの作品が論理的な展開を見せるのに対して、ブルックナーの作品はシンプルな構造を持ち、一歩一歩踏みしめるように進行する。ブラームスが簡潔さと堅牢さを併せ持った曲を書いたのに対してブルックナーゆうゆうとどこまでも流れていく大河のような曲を書いた。そしてブルックナーの音楽は淡々と進行するため、自らの心のうちをさらけ出すような場面とは無縁である。ブラームスの重厚な音楽がそうした要素を内に秘めているのとは対照的だ。(※太字処理は筆者による)


2.ワーグナーからの影響

 ワーグナーの半音階的な和声法から受けた影響については次のように述べる。

創作活動の中核は人間の理知的な力が及ばない意識の深層へともぐり込み、そこからふたたび浮かび上がってくるものは、もはや主題の個性ではなく、音の集合体としての和音である。個々の和音は互いに引かれ合ってハーモニーをかたちづくる。このように主題の個性を超越したプロセスが転回するなかで、曲の基本的なイメージが決定する。またこうした展開は、ゆとりある形式を必要とし、気まぐれな曲想の変化が呼び起こされる。その結果主題の個性に基づくこまごまとした展開は失われるのである。それまでは曲を構成する要素のひとつにすぎなかったハーモニーは、それ自体が複雑な完結した世界を構成するようになり、決定的な重要性を獲得することで、曲づくりのための根源的な力へと変貌したのである。(…)つまり音楽以外の要因を排除して、ワーグナーが切り開いた新天地から音楽に直接かかわる部分のエッセンスだけを吸収したのである。(※太字処理は筆者による)

 以上、本書の第8章第4節に相当する部分である。ページをあらためて第5節に相当する部分もみていきたい。

*1:ベッカーはユダヤ系ドイツ人であったため当時アメリカへ亡命していた。

*2:ブルックナーの弟子たち等によって改作編集されていない、当時としての最新の原典版のこと。

*3:根岸/渡辺『ブルックナーマーラー事典』を参考とした。