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人文系の書籍やクラシック音楽の紹介を中心としたエッセイ集

バッハ:ヨハネ受難曲(バッハ・コレギウム・ジャパンとコレギウム・ヴォカーレ)

 2021年のイースターは4月4日である。

 ここに甲乙つけがたい二つのヨハネ受難曲の演奏がある。奏者はいずれも、いわゆる老舗の古楽集団だが、方向性はかなり異なる。

 バッハ・コレギウム・ジャパンの合唱隊は各パート5名(アルトは6名)で構成されている。アルトの補強に象徴されるように、非常に情熱的で力強い音楽である。作曲者が描き出そうとしたドラマティックな受難劇の迫力を余すところなく伝える息遣いは終始、心地よい熱を帯びている。
 
 第二部の第21曲(群衆によるイエスの十字架刑の要求)以降は壮絶の一言に尽きる。
 (1)エヴァンゲリスト福音書記者ないし伝道者、語り部)、(2)群衆(民衆や兵士、ユダヤ教指導者など)、(3)イエス、(4)ピラト(ローマ帝国ユダヤ属州の総督)、(5)コラール合唱の五者が織りなす対比は圧巻である。
 受難ドラマの案内人であるエヴァンゲリスト、自分たちの言動の意味を全く理解できないでいる群衆、事の成就への道をひとり歩むエス、両者の狭間で苦悩するピラト、そして彼ら全員を現在(聞き手)の地平から見つめ、寄り添うコラール合唱
 
 バッハ・コレギウム・ジャパンは今から300年前のドイツ・ライプツィヒで鳴り響いたバッハの音楽を本当に生き生きと現代に蘇らせている。

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 前者がはっきりとした輪郭線を描き、濃淡のはっきりとした、コントラストのあるサウンドだとすれば、後者は丸みを帯びた柔らかなそれである。

 コレギウム・ヴォカーレは老舗中の老舗である。合唱隊は各パート4名で構成されており、響きの美しさは前者と本当に甲乙つけがたいものがあるわけだが、とにかく非常に渋い音作りで、作品そのものが持っているドラマティックな要素のうちにも、合唱それ自体の美しさを決して失わない。テンポ感や音楽の表情はじゅうぶんに生き生きとしながらも心地よい抑制が効いている、この絶妙なバランス感覚。
 
 最も分かりやすいのが最終曲のコラール合唱である。
 賛美を力強く歌い上げる前者に対し、もちろんそういった言葉の意味を込めつつも、声の美しさや声そのものの持つ力強さでもって奏でる後者。いずれも他でもない魅力に満ちあふれている。

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 ライプツィヒ音楽監督だったバッハが受難曲というドイツ・ルター派の伝統的な典礼音楽ジャンルに初めて真正面から取り組んだ、その所産としてのヨハネ受難曲
 保守的な市当局から演奏中止を言い渡されたというのもうなずけるそのドラマティックな音楽表現は、21世紀においてなお一つの衝撃である。